御宿場印

◊壬生宿 御宿場印◊

壬生宿は江戸日本橋から続く日光街道の宿場町として、日光西街道の2番目の宿に位置づけれれておりました。中でも壬生は、日光道中壬生通の途上にあることから将軍家の日光東照宮参詣(日光社参)では、壬生城が宿城という重要な役割を担う城でもありました。

※壬生宿 デザインの説明※
壬生藩鳥居家の「竹に雀」の家紋と精忠神社の武者行列を背景に使用しております。
鳥居家では、3種類の家紋を使っていました。今回採用の「竹に雀」紋は、鳥居家の正式な家紋で、
左の雀は口を閉じ、右の雀は口を開けるもので阿吽を表現するとともに、竹の葉は、33枚と定められていました。

※販売箇所
・壬生町観光協会      (平日のみ) 8:30~17:15

・道の駅みぶ「みらい館」         9:00 ~ 19:00

・壬生町歴史民俗資料館        (月曜・火曜午前休館) 

                    水曜~日曜 9:00~17:00

                    火曜日    13:00~17:00

※販売価格:1枚300円(税込、A6サイズ)

「壬生城のご説明」
壬生城は文明年間(1469年―1486年)に壬生氏第2代当主壬生綱重によって築かれたといわれています。

江戸期に入ると城主が頻繁に変わりましたが、正徳2年(1712年)に鳥居忠英が3万石で入封後は明治維新まで鳥居家による七代の居城として使用されました。

鳥居家は、関ヶ原の戦いの前哨戦の伏見城攻防戦で徳川方の大将として4万の西軍を2千人足らずで2週間食い止めたのち、

討ち死にをした、忠臣として名高い鳥居元忠の子孫です。鳥居元忠は鳥居家中興の祖として、城内の「精忠神社」に祀られています。

壬生城は、日光道中壬生通の途上にあることから将軍家の日光東照宮参詣(日光社参)では、宿城という重要な役割を担う城でもありました。

壬生城は、元禄時代に武田流軍学者である山本菅助の設計により、大規模な改修がなされますが、天守や櫓はありませんでした。

この武田流軍学に基づき作事された二層の大手門と大手門前の丸馬出は秀逸といわれ、日光道中壬生通からの眺望は、「雪の降った朝には、朝日に輝き一入の眺め」とまで賞されました。

 

◇ 日光街道・西日光街道 御宿場印プロジェクト ◇

日光街道・西日光街道には、全部で28の宿があります。

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御宿場印 販売箇所一覧 (外部サイト)

 

 

 

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